2学期制は、是か非か?

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高槻市が発行する「広報たかつき」によれば、来年度から高槻市立の全幼稚園・小学校・中学校で2学期制を実施することを目指し、現在市内18の幼稚園・小中学校で2学期制を試行しているとのこと。果たして2学期制は、是か非か?

★広報たかつき

(前略)2学期制では、始業式や終業式など行事の回数削減で、年間の授業時間数をこれまで以上に確保できます。また、長期休業直前まで落ち着いて授業ができるため、確かな学力の定着を目指し、継続的な指導もできるようになります。

一方では、授業時間数の増加によって、豊かな心を育む充実した教育活動ができるようになり、また、今まで学期末のため実施が難しかった7月、12月にも学校行事を柔軟に設定することができます。

このほか、学校や地域の実態に応じた教育課程を弾力的に編成できることから、各学校で、特色ある学校づくりが一層推進されます。(後略)★



抽象的な言葉ばかりが並べられていて良く分からないが、要は授業時間を増やすということか。確かに学期を一つ減らせば、始業式と終業式を各1回ずつ削減することができ、計2日授業日数を増やすことができる。

しかし、たった2日で、「広報たかつき」に書かれているように「確かな学力の定着」「継続的な指導」「豊かな心を育む充実した教育活動」「学校や地域の実態に応じた教育課程」「特色ある学校づくり」などができるのか?美辞麗句が並べられ過ぎではないか?悪徳商法のようにこんなに抽象的な美辞麗句ばかりを並べられると、保護者を惑わし、判断を誤らせようとしているのではないかとさえ思える。

先日、市民情報課で、2学期制に関する資料をもらって読んだが、どうもあまり説得力がない。今年1月20日行われた「第3回高槻市学校園2学期制推進委員会」を傍聴した市民達のアンケートも掲載されていたが、肯定的な意見を前のほうに集めるなど、情報操作的なものも感じた。来年度からの実施をほぼ決定しているようだが、何故高槻市は2学期制への移行をそんなに急ぐのか。

「授業時間が増え、その分子どもが勉強してくれるなら」と考えて賛成する保護者も多いかもしれない。しかし、2学期制になって、テストの回数が減らないか私は心配である。現に2学期制が試行された第七中学校では、定期考査が前期2回・後期2回の計年4回しか行われなかった。大抵の子どもが真剣に勉強するのは、内申書や通知表に響く、年5回の中間・期末・学年末テストの直前である。学期が減ることによって、これらの実質的なテストが減れば、逆に学力が落ちる可能性もあるのではないか。

始業式・終業式の時間がもったいないなら、いっそ無学期制にすればいいのではないかとも思う。

そもそも授業時間が減ったのは、学校が完全週5日制になったからだ。授業時間を増やすことで、「広報たかつき」に書かれた美辞麗句に満ちた夢のような学校が実現できるなら、週6日制に戻せと言いたい。

この学校完全週5日制について、私が青年塾でご指導をいただいた谷田川元(はじめ)氏は、後援会向けの機関紙にこう書いておられた。

★「雄志」平成18年4月

(前略)学校完全週5日制が実施される5年ほど前に、ある公立高校の現場教員とじっくり話をする機会があった。教員が多忙で、一人ひとりの生徒の面倒をみるのがいかに大変かをしきりに強調していた。そして、生徒一人ひとりに割く時間を多くするためにも、少人数学級(1クラス35人以下)を実現する必要性を語るのである。

そこで私は次のような質問をした。「教員が多忙で生徒に割く時間がなかなか取れないのはよく分かったが、そうであるならば、学校週5日制には反対ですね?」それに対して、「いいえ、学校週5日制は賛成です。私達は労働者ですから、休む権利があります」と、何のためらいもなく答えたのだった。

これを聞いて、学校週5日制は、子どものためというよりも、教員が楽をしたいからという理由で導入されたとしたら、これは取り返しのつかないことになってしまうのではないかと、大いに危惧した次第である。(後略)★



今年5月4日付の読売新聞朝刊の「民間出身校長が行く」には、こう書かれていた。

★読売新聞「教育ルネッサンス 民間出身校長が行く」

(前略)宇都宮市立星が丘中学校では、NTTの関連会社から04年に転身した小谷和弘校長(54)が音頭を取り、教員用に4台あるパソコンで通知表を作成できるシステムを構築した。学校の事務の多さに驚き、教員に尋ねたところ、特に忙殺されるのが通知表作成と分かったからだ(後略)★



結局、学期を減らしたいというのは、週5日制と同じく、自分達が通知表を書く手間を省き、楽をしたいからなのではないか、という疑問を覚える。

教師の立場になって考えれば、確かに生徒の数だけ通知表を書くのは骨が折れるだろう。しかし、通知表の成績やそこに書かれた教師の言葉を、保護者や子どもがどれほど気にかけているか。その保護者と子どもにとって大切な通知表の発行回数を減らすというのは、いかがなものか。

2学期制でも1学期制でもいいと思う。ただし、テストも通知表も回数は減らさないという条件でだ。

単純な比較はできないが、大手の進学塾では毎週単元ごとの復習テストがあり、毎月1回は全塾生を対象とした公開模試がある。成績表は数日後には返送され、学習の到達度を知ることができ、家庭学習にも反映できる。「確かな学力の定着」を目に見える形にするように、学校もまだいろいろと工夫の余地はあるのではないか。

前出の読売新聞「教育ルネッサンス 民間出身校長が行く」には、次のような取り組みも書かれている。

★読売新聞「教育ルネッサンス 民間出身校長が行く」

(前略)
通知表も工夫した。

教員全員がクラスの垣根を越え、各児童の良い点を目にしたらパソコンにすかさず書き込んでいく。昨年度、これをプリントして通知表に挟み込んで配布したところ、「いろいろな先生が自分の子どもを見守ってくれていることが分かった」と、保護者の間で評判になった。(後略)★



私の教師の友人も、ブログ形式でその日の様子を綴ったり(林間や臨海学習の時は携帯電話で即時当地の状況を発信している)、学年末にはCD-Rに1年間の思い出の写真を詰め込んで生徒達に配ったりするなど、工夫を凝らしている。やる気になれば、パソコンなどを使って効率良く保護者に情報を発信できるのではないか。

私の子どもが通う保育園では、子どもを迎えに行くと、保母さんがその日の子どもの様子を詳しく教えてくれる。一人ひとりをしっかりと見てくれていると感じ、安心できる。

子どもの様子を気にしない親はいない。多くの保護者はもっと自分の子どもの情報を欲している。高槻の教師の方にも、自分達が楽をすることばかりではなく、子どもを第一に考え、見守ってほしいものだ。高槻市高槻市教育委員会は、教職員組合などと馴れ合うことなく、市民のほうを向いて、学校改革に取り組んでもらいたい。